東京地方裁判所 平成4年(ワ)6597号 判決 1993年11月29日
主文
一 被告は、原告に対し、金一七五七万九四四八円及び内金五六九万八一八八円に対する平成四年五月一二日から、内金一一八八万一二六〇円に対する平成五年四月二七日から、各支払済みまで日歩二銭の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
理由
一 請求原因1(管理者選任決議)について
請求原因1のうち、メゾン平河が区分所有法の適用を受ける建物であり、平成三年七月に本件第一集会が開催されたとの外形的事実が存在することは当事者間に争いがなく、当時、メゾン平河の区分所有者が原、被告を含め合計一三名であり、被告の議決権数が三八八〇、亀倉の議決権数が二四九、塩谷八千代ほか九名の議決権数の合計が二八一一であることについては、被告において明らかに争わないことからこれを自白したものとみなす。
1 右事実と《証拠略》によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 被告は、昭和四四年四月メゾン平河を建築して、その区分所有権を順次分譲販売するとともに、一部の専有部分は、これを分譲せずに所有したまま他に賃貸していたが、被告は、購入者や使用者との間で、メゾン平河及び敷地の共有部分に関し、管理並びに環境の維持に必要な処理を受託する旨の管理契約を締結して、メゾン平河の管理業務を行い、適宜定めた管理費等を徴収していた。
(二) 右のように、分譲当初からずつと、被告がメゾン平河の管理業務を行つてきたが、平成三年になつて、被告が一方的に管理費を値上げしたことなどから、同年六月頃、区分所有者の間で、区分所有者集会を開催しようとの機運が盛り上がり(これまで、区分所有者集会が開かれたことはなかつた。)、一一名の区分所有者が区分所有者の一人である田中絋三弁護士を代理人と定めて区分所有者集会の招集手続を委任し、区分所有法三四条五項に基づき、被告を除く区分所有者全員が招集者となつて(ただし、亀倉は後に招集の意思を取りけしたもののようである。)、同年七月九日付け書面により、各区分所有者に対し、管理者の選任等を議題とする区分所有者集会の招集の通知がされた。
(三) 平成三年七月二四日、本件第一集会が開催されたが、同集会には、区分所有者一三名中、亀倉を除く全員が出席し(ただし、塩谷八千代、林宗毅は委任状による出席)、区分所有法二五条に定める管理者の選任の件が諮られたところ、出席者中、被告を除く全員の賛成により、原告及び植村組を、各自単独で権限を行使できる管理者として選任することが決議され、原告及び植村組はその場でその就任を承諾した。原告の議決権数は、その専有部分の床面積の割合に応じて計算すると三〇六〇であり(少数点以下を切捨)、したがつて、出席者(委任状出席者を含む。)全員の議決権数は合計九七五一であるから、右管理者の選任決議は、被告の議決権数三八八〇を除く合計五八七一の賛成(議決権総数は一万であるから、その過半数を超える賛成である。)と区分所有者総数一三名中一一名の賛成により可決されたものである。
2 被告は、被告がメゾン平河の区分所有法上の管理者であり、区分所有者集会の招集権を有するから、本件第一集会は管理者の招集によらない手続上の違法がある旨主張する(被告の主張1)。
被告が、区分所有者らと個別的に締結された管理契約に基づいて、メゾン平河の管理業務を担当していたことは、前記認定のとおりであるが、被告は、右管理契約の締結によつて、各区分所有者が被告を区分所有法上の管理者と定める合意が成立したというのである。しかし、管理契約書によると、区分所有者らが被告に対し、「本件住宅及び敷地の共有部分に関し、管理並びに環境の維持に必要な処理を委託」し、委託により被告の行う管理業務として、来訪者の受付・案内、共用部分の清掃・保全・附属設備の運転・保守、住宅内外の保安管理などの業務を掲げ、被告は「善良なる管理者として、その業務を行う」と定められているが、被告を区分所有法上の管理者に選任するとの趣旨を窺わせる条項が見当たらないし、また、被告が、区分所有法上の管理者に義務づけられた毎年一回の定期的事務報告をしていたとの形跡も窺われないのであつて、右管理契約が、被告を区分所有法上の管理者と定める趣旨を含むものとは到底解することができない(なお、《証拠略》によれば、被告自身も、原告を債権者、被告を債務者とする平成三年(モ)第一六二四七号管理妨害禁止仮処分保全異議申立事件において、本件第一集会以前には、区分所有法上の管理者がいなかつたことを認めていた。)。
のみならず、被告は、管理者の選任につき区分所有者全員の書面による合意があつたと主張するが、本件全証拠を検討しても、区分所有者全員との間で、もれなく管理契約書が作成されたか、必ずしも定かではなく、全員の書面による合意があつたと認めることができないから、この点でも、管理者の選任について集会の決議があつたとみなすことはできない。
以上のとおり、被告は、区分所有者らとの個別的な管理委託契約に基づき、受託者としてメゾン平河の管理業務に従事していただけで、区分所有法上の管理者ではないから、本件第一集会の招集手続の違法をいう被告の主張は、その前提を欠き、失当である。
3 また、被告は、本件第一集会では、議決権行使を委任していない亀倉について、議決権が代理行使されている違法があると主張しているが(被告の主張1)、前記認定のとおり、第一集会において亀倉の議決権が代理行使された事実は存在しないから、被告の右主張は失当である。
4 次に、被告は、管理契約に基づいて管理権を有しているから、原告は被告の右管理権と抵触する行為をすることはできず、本件請求は許されない旨主張する(被告の主張2)。
右主張の趣旨は定かでないが、前示のとおり、原告は区分所有法二五条所定の管理者に選任されたのであるから、区分所有者である被告に対して、決議で定められた管理費を請求することができることは当然であつて、このことは、仮に被告と個々の区分所有者との管理委託契約が未だ解消されていないとしても、何ら異なるものではなく、被告の右主張は失当というほかない。
5 さらに、被告は、原告の議決権は被告に対抗することができない旨主張する。(被告の主張3)。
《証拠略》によれば、原、被告間の売買契約において、被告主張のような合意がされたことは認められるが、しかし、仮に株式会社である原告の株主や役員の全部が変更されたとしても、そのことは、原告が被告から購入したメゾン平河の区分所有権を第三者に譲渡したことにならないことはいうまでもないし、右合意が本来予定した区分所有権の実質的な譲渡に当たるとすることもできないから、原告が右合意に違反したということはなく、右合意違反を前提とする被告の主張は、その前提を欠き、失当である
二 請求原因2(管理費の決議)について
1 《証拠略》によれば、<1>原告及び植村組は、平成三年一二月六日付け書面により、各区分所有者に対し、メゾン平河の管理の方法、対価の額の決定及び徴収の件等を議題とする区分所有者集会の招集通知を発し、同月一六日本件第二集会が開催されたこと、<2>同集会には、被告を除く全区分所有者が出席し(ただし、塩谷八千代、林宗毅、亀倉は委任状による出席)、管理費の賦課徴収の件について、請求原因2の(一)、(二)のとおりの内容の決議がされたこと、<3>当日の出席者(委任状出席者を含む。)全員の議決権数は合計六一二〇であり(議決権総数は一万であり、原告の議決権が被告に対抗できないとの被告の主張が失当であることは、前示のとおりである。)、右決議は出席者(委任状出席者を含む。)全員の賛成によるものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 ところで、区分所有者は、共用部分の管理に関する事項について、集会の決議をもつてこれを定めることができ(区分所有法一八条一項)、規約に別段の定めがない限り、その持分に応じて、共用部分の負担に任じ、共有部分から生ずる利益を収取するものとされている(区分所有法一九条)。したがつて、共用部分の維持費や修繕費等の諸費用はもとより、共有部分である冷暖房設備や給湯設備、駐車場等の使用料についても、集会の決議をもつて、その額ないし計算方法を定めることができるといえるが、それらと異なり、専ら専有部分で使用する電気料とか水道料は、本来、区分所有者各自がそれぞれの責任で負担すべき性質のものであるから、その料金の算定を集会の決議で多数決の方法により決めることはできないと解するのが相当である(もちろん、専有部分での電気、水道の利用も、共有部分である配電設備、給水設備等の使用を伴うものであることはいうまでもなく、したがつて、配電設備、給水設備等の維持管理の費用が全区分所有者の負担となることは当然である。)。
そうすると、本件第二集会で管理費の賦課として決議された事項のうち、基本管理費、設備機器保守料、冷暖房空調費、給湯費については、いずれも共有部分に属する設備等の維持、管理に関する費用ということができるが、電気料と水道料は、専ら専有部分において消費した電気、水道の料金であつて、共有部分の管理とは直接関係のない事柄であり、その額を区分所有者集会の多数決によつて定めることはできないというべきである。
もつとも、《証拠略》によると、メゾン平河では、区分所有者らが専有部分の電気、水道について電力会社等と直接契約を結んでおらず、建物全体で一括して全体の電気料、水道料を支払う仕組みになつていることが認められるから、管理者としては、各区分所有者が専有部分で使用した電気、水道の料金を各区分所有者から徴収する必要があることは明らかであるが、それは、結局、管理組合ないしは管理者が立て替えたか、あるいは立て替えることとなる各区分所有者の負担すべき電気料、水道料にほかならないから、予め立替払契約を締結してその清算の方法を定めておくか、あるいは、その都度、実費を計算してその償還を求めるかのいずれかによつて処理されるべきであつて、区分所有者集会の決議によつてその額を定め、支払いを求めるべき性質のものではないといわざるをえない(なお、本件において、基本料がどのような計算根拠で定められているのか不明であるし、決議で定められた方法によつて計算された額が必ず実費と等しくなると認めるべき証拠はない。)。
3 被告は、集会の多数決によつて管理費を定め、欠席者にこれを賦課するのは憲法二九条に違反する旨主張するが、前示のとおり、区分所有法は、区分所有者が持分に応じて共有部分の負担に任じるものと定めるとともに、共有部分の管理に関する事項は集会の決議で決することとしているのであつて、管理費の負担について集会の多数決にもつて決することは、その内容が著しく不合理、不平等なものでない限り、違法、違憲の問題を生ずることにはならないというべきであり、本件においては、決議の内容(電気料、水道料については除く。)に著しく不合理、不平等な点があるとは認められない(専有面積当たりの単価を定めて管理費の額を算定することが不合理、不公正であると認めべき理由も見当たらない。)。
三 請求原因3(被告の専有部分)の事実は当事者間に争いがない。
四 請求原因4(被告の負担すべき管理費)について
1 原告の請求する管理費のうち、平成三年一二月分から平成五年一月分までの間の被告所有の専有部分に係る基本管理費、設備機器保守料、冷暖房空調費、給湯費が、別紙管理費請求明細記載のとおりであることは、争いのない被告の専有部分の床面積と前記認定した管理費の決議の内容に照らし、計算上明らかである。
2 しかし、原告の請求する管理費のうち、電気料及び水道料については、前示のとおり、集会決議によつてその額を定めることはできないから、原告は、右決議に基づく管理費としては、これを請求することができないというべきである。
3 また、原告は、被告に対し倉庫料の請求をし、被告は、倉庫は被告の専有部分に属する旨主張しているところ、本件全証拠をもつてしても、その倉庫が共用部分であるのか、被告の専有部分であるのかを的確に判断する資料がなく、《証拠略》によつても、被告が当該倉庫を使つているのかどうかは分からないというのであり、また、原告の請求金額がいかなる計算根拠に基づくのかも判然としないのであつて、結局、原告の倉庫料の請求はこれを認めることができないといわざるをえない。
4 そうすると、平成三年一二月分から平成五年一月分までの間において被告が負担すべき管理費は1で述べた諸費用の合計一七五七万九四四八円となり、被告は原告に対し右管理費を支払うべき義務がある。
五 そこで、被告の相殺の主張(被告の主張4)について判断するに、被告が相殺の自働債権として主張するものは、被告と個々の区分所有者との間の管理委託契約に基づく債権であるのに対し、本件において原告が請求する債権は、メゾン平河の管理組合(区分所有者の団体)が被告に対して有する管理費請求権であり、原告個人あるいは他の区分所有者個人の債権でないことは明らかであるから、相殺の対象となる債権、債務の帰属者が異なつており、被告主張の債権をもつて本訴債権と相殺することはできない。したがつて、被告主張の債権の存否を判断するまでもなく、被告の右相殺の主張は理由がないことに帰する。
六 以上のとおりであつて、原告の本件請求は、一七五七万九四四八円及び内金五六九万八一八八円に対する訴状送達の日の翌日である平成四年五月一二日から、内金一一八八万一二六〇円に対する請求拡張の準備書面を陳述した日の翌日である平成五年四月二七日から、各支払済みまで日歩二銭の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤久夫)